新しいコト、面白いコトを集めた市場。暇つぶしにどうぞ。

このエントリーをはてなブックマークに追加

【FINDERS】本多 隆利|高校生からはじめる学問のススメ 〜学びの垣根を越える〜



”実験には失敗がつきもの。むしろ仮説と違った結果が出るとますます面白くなる。” 【FINDERS】本多 隆利

以前の記事で研究学園都市であるつくばの街を案内していただいた本多 隆利(ほんだ たかと)さん。

本多さんは現在、筑波大学の大学院生。高校生のころから、積極的に研究に取り組んでおり、これまでの研究成果が高く評価されています。

本多さんと私は同じ高校の出身ということもあり、彼が地元である長崎にいた頃の話を中心に、これまでの研究についてや今後の展望などを話してもらいました。

本記事で生物の面白さを感じられたり、高校生や大学生の進路選択や学生生活を充実させるヒントにもなると思います。


本多 隆利
1990年生まれ(24歳)。長崎県出身。高校時代、生物部の部長として、養蜂業界に多大な被害をもたらす外来昆虫の研究を行い、科学の甲子園「日本学生科学賞」にて環境大臣賞受賞。同時期、長崎大学医学部との共同研究により、ヒトの耳垢型を決定する遺伝子の国内分布を調査、代表学生として学会発表し、本成果は日本人類遺伝学会会長特別賞、長崎県知事表彰を受賞。筑波大学生物学類入学後、学部1年次より研究費の助成(文科省)を受けて研究活動を開始。学部3年次、ウィーンバイオセンターサマースクールに初のアジアの大学からの雇用研究生として選出。昆虫の脳の神経回路の活動を操作し、人工的に連合記憶を誘導させた論文を発表、ネイチャー アジア・パシフィック「注目の論文」に選ばれる。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)ピカワー学習・記憶研究所への留学を経て、現在は、日本学術振興会特別研究員(DC1)、文部科学省/日本学術振興会 博士課程教育リーディングプログラムの大学院生として、国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)にて睡眠研究に取り組む。つくば市長賞、筑波大学学長表彰など多数受賞。
参考:リクルート 就職ジャーナル「ハイパー学生のアタマの中」本多隆利さん(2015.6.26掲載)



「研究成果を分かりやすく、正しく伝えることを大切にしている。」これまでの研究活動に対し、つくば市長、筑波大学学長、ノーベル賞受賞者の江崎玲於奈氏などから表彰を受けている本多さん。

科学の面白さを伝える


ー高校卒業以来だね。高校生の頃から生物部で頑張ってたよね。だけど当時はそのスゴさが分からなかった。まず出身校の長崎西高はSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定されていましたが、どういった意味を持つのですか?
※SSH(スーパーサイエンスハイスクール)…高等学校を対象に先進的な理数教育を実施したり、大学との共同研究や、国際性を育むための取組を推進しているもの。創造性、独創性を高める指導方法、教材の開発などを実施している。   参考:科学技術振興機構(JST)

本多:よろしくお願いします。SSHに指定された高校は、科学技術振興機構(JST)から研究活動に必要な支援を受けることができます。SSH指定校に認定されるには、文部科学省に事業を採択される必要があり、採択後も審査があるので、継続的に成果を挙げていくことが求められています。

長崎西高は平成17年に採択されて以来、先生方の素晴らしいご指導と生徒さんたちの活発な取り組みもあって、10年以上SSHに指定され続けています。自分もSSHを通じて、科学研究の楽しさを知り、今の興味の原点となるような多くのことを学ばせていただきました。

ー自分みたいな研究をしない学生にも、科学や数学、英語なんかに興味を持たせるような授業もあったなぁ。今はもっとカリキュラムが進化してそうだね。長崎西で講演や授業の依頼も受けているようですが、生徒にはどういった様子でしたか?

とても優秀な生徒さんが多い印象を受けました。先生方からのご依頼もあって、講義は英語でさせていただいるのですが、生徒さんは専門的な内容を英語で理解する必要があるので、難易度は高いと思います。それにも関わらず、面白い質問で応えてくれて、いつも感銘を受けます。

今、彼らは自分たちの研究成果を英語で世界に発信しようと一生懸命。自分もそんな高校生たちの挑戦に少しでも役に立てたらと思っています。気持ち程度ですが、こういった形で恩返しの機会をいただけることにとても感謝しています。


長崎西高での講演風景

長崎西高での講義風景

ー高校生に研究を伝えるって難しそう。授業のときに何か意識していることはありますか?

確かに実験で用いた技術や方法が複雑で、専門的な知識を要求する場合が多くある。ただ、発表資料を作る際に「もし自分が高校生や中学生だったら?」と自問して、複雑な内容をどこまで正確性を担保したまま、よりシンプルな表現に還元できるか意識しています。

1番大事なのは、自分がその研究を「面白い!」と思えることだと思います。その気持ちが、伝えたい、という熱意につながると思います。

ー「サイエンスコミュニケーション」なんて言葉をよく聞くけど、やはり一般の人と専門家がつながることは大事だね。研究に携わる立場から目標にしていることなどはありますか?

目指すところとしては、小学生からおじいちゃんおばあちゃんまで、科学の面白さを伝えられることだと考えています。

それに向けたトレーニングをする機会は案外身近にあって、家族だったり、親戚や地域の子どもたちと話すときがそれだと思います。どれくらい理解してくれているか、率直なフィードバックをくれる大切な存在だと思います。

子供たちは素直だから、伝わっていないときは「わかんなーい!」って言ってくださるわけです(笑)その小さな挫折の積み重ねが、どうやったら伝わるのかと改善する糧になると思います。年末などに親戚の小さなお子さんと会う機会があれば、ぜひ挑戦してみてください。

つくば市でのイベントで子どもたちに科学の面白さを伝える本多さん

ある昆虫との出会いから


ーこの流れで高校時代の話を聞こうかな。なんか、やたらと長い名前の虫の研究をしていたような…。

アルファルファタコゾウムシかな?

ーそれだ!高校のときに発表とか聞いてたけど、理解できなかったんだよね。まずアルファルファタコゾウムシって、どんな虫なの?

アルファルファタコゾウムシはヨーロッパ原産の昆虫。元々は日本に生息していなかった外来昆虫だね。本来アルファルファという牧草を好んで食べていたのだけど、日本においてはマメ科雑草を食害し、1980年代前半には農作物であるレンゲソウにも加害が確認されはじめた。

ーレンゲソウって、ハチミツが採れる植物だよね?

そう。今はレンゲ蜂蜜って高級なイメージがあるけど、昔はそうではなくて、高騰した理由の1つがこの昆虫による食害だと考えられている。

1982年に福岡で初めて分布が確認されて以来、急激にレンゲでの採蜜蜂群数が減少しはじめた。アルファルファタコゾウムシは拡散能力も高く、外来種であるため、国内における目立った天敵もおらず、駆除方法も確立されていなかったことが原因と考えられているよ。

ーなるほど。どうしてアルファルファタコゾウムシを研究しようと思ったの?

実は、いま話したような社会的背景は、研究を始めた段階ではあまり意識していなかった。遠足の帰り道に偶然見つけた幼虫を生物室で飼育していたら、何ともカッコいい甲虫になった。それがたまたまアルファルファタコゾウムシだったのが始まりです。

虫かごに入っていた彼らを見ていて、ある面白い行動に気づいた。ケージに入れていた紙や葉っぱの裏になぜかゾウムシたちが集合してたんだ。

集合するアルファルファタコゾウムシ

この様子を見て、彼らがどうやって互いにコミュニケーションを取り、そこに集まっているのか気になって。

ー虫が集まるなんて普通だったら何とも思わなさそうなところに目をつけたんだ。それで、どんな実験をしたの?

最初の簡単な実験として、円形シャーレの両端に新品の紙とケージに入っていた汚れた紙を置いてみた。すると、汚れた紙にの方にどんどん集まってきた。おそらくこの汚れの中に「何か誘引物質が付いているのだろう」と考えた。

ちょうど、その行動を観た数週間前の生物の授業で「ゴキブリは集合フェロモンを用いて、台所の隅で会議を開いている」といった話を、先生がしていたのを思い出して。

もしかしたら、この昆虫も集合フェロモンを用いているのではないかと思って、検証実験をしてみようと思った。実験系を組むために、図書館に駆け込んで、ゴキブリの本を大量に借りていったんだけど、受付の学生にかなり変な目で見られたのは覚えてる(笑)

ーそれは怪しまれるだろうね(笑)ゴキブリが部屋に1匹いたら、もっとたくさん隠れてるって言われるのは集合フェロモンが原因なんだね。

糞に集合フェロモンが含まれているとされているね。ゴキブリの集合フェロモンは有機溶媒に溶ける脂溶性の性質がある。だからアルファルファタコゾウムシが集まった紙を有機溶媒に浸ければ、フェロモンが抽出できると思った。

ところが、有機溶媒での抽出液にはアルファルファタコゾウムシは集まらなかった。

ー失敗したんだ。

仮説とは違っていたね。いま大学で研究をしていても思うけれど、実験には失敗がつきもの。むしろ仮説と違った結果が出るとますます面白くなる。

顧問の先生にもアドバイスをいただきながらやってたんだけど、ここまでやった時にこの実験は一旦ストップする予定だった。だけどちょっと最後に試してみたいことがあって。

高校生だった自分は、素直に考えて「何かに溶かすと言ったら、水かな」と思って。それで水で抽出してみたんだよね。

ーなんか適当な感じがする(笑)

ところが驚いたことに、水の抽出液を付けたろ紙にアルファルファタコゾウムシが集まってきた。


水抽出物に集まるアルファルファタコゾウムシ

ーおぉ。高校生の純粋なアイディアが発見につながったんだ。

九州大学の先生は「瓢箪(ひょうたん)から駒だ」っておっしゃってた。この実験から色んな人とつながりができたし、今の自分の興味にも直結していると思う。

ゾウムシの研究活動を知ったハチミツ業者の方から「農薬を使わずに、アルファルファタコゾウムシを集めて駆除できるようなフェロモントラップを作ってほしい」と頼まれて、高校に激励のハチミツが大量に送られてきたこともあった(笑)

この研究に限らず、当時、研究成果を大会や専門家の集う学会でも発表することがあって。高校生の発表でも、ちゃんと相手にしてもらえたのが嬉しかった。このとき、科学の営みに「年齢」は関係ないんだ、と感じることができた。

ー相手が高校生でも真剣に関わってくれる大人の存在は大切だね。

そうだね。本当に感謝しています。そういった方々に出会えたことは、今でも当たり前だと思えないし、自分も子どもたちの取り組みに本気に向き合える、そんな大人になりたいと思う。

ーこの頃の活動が長崎の月間雑誌でも紹介されてたよね。

この記事の写真にもあるけれど、実験に使うゾウムシの飼育を手伝ってくれたり、部員からのサポートがあったからこそ、毎日楽しく実験に取り組めた。今でも指導してくださった顧問の先生や、支えてくれた仲間がいたことにとても感謝しています。

この記事は「ゾウムシ」が「ゾウリムシ」になっているんです(笑)記者の方も、長くて、難しい名前だから間違えちゃうのも納得いきます。だけど、こういった記事を通じて、みんなで頑張ってきた活動を地域の人へ発信してくれることは嬉しいです。

「長崎PRESS」(2008.6月号 vol.281)より

研究ができる環境を求めて


ー高校卒業後は筑波大学に進学したね。どうして筑波大学を選んだの?

1つ目の理由としては、高校時代に研究の面白さを体感したからこそ、いち早く本格的な研究活動に取り組んでみたかった。

その点、筑波大学の生物学類は「研究マインド応援プログラム」という、読んで字の如く、自分の願いを叶えてくれそうなカリキュラムがあった。やる気と情熱さえあれば、1年生からラボに入ることができるっていうのは、ものすごく魅力的だったね。しかも単位まで出してくれる。

ー大学によっては1年生の時は教養科目がほとんどだったりするから、目的がはっきりある人には惹かれるカリキュラムだね。

それに入学して間もなく筑波大学では「開かれた大学による先導的研究者資質形成プログラム」(文部科学省「理数学生応援プロジェクト」事業に基づく)という事業が始まって。学類1年生であっても、研究計画書を書いて採択されれば、実験を遂行するための研究費のサポートも受けられるという内容だった。プロの研究者が実際に日々行っていることを、早い段階で体験できるというメリットがあった。

※理数学生応援プロジェクト…理系学部を置く大学において、理数に関して強い学習意欲を持つ学生の意欲・能力をさらに伸ばすことに重点を置いた取り組み行うことで、将来有為な科学技術関係人材を育成するもの。      参考:文部科学省「理数学生応援プロジェクト」

こういったプログラムを活用させていただくことで、大学の講義や実習だけでなく、研究室や学会などの専門家の集うコミュニティから直接学ぶことができたので、とても感謝しています。

ー筑波大学は画期的な取り組みをしているね。でもそういう機会って、色んな形で世の中にあるんだろうね。ただそれを見つけられるか。そして活用できるか。本人の強い興味や意志が大事だね。他に筑波大学に進学した理由はある?

もう1つの理由は、ひとえに「生物学」とは言えど、膨大な分野を含むことを高校の授業の中で感じていたし、まずはどういう学問なのか、基礎となる知見を幅広く知りたかった。まずは根や幹となる基礎を固めて、そこから枝葉となる専門分野を学びたかったんだよね。

生物学類では、概論といって、例えば「動物系統学概論」から「植物生理学概論」まで、全く異なる8分野を必修で取る必要があった。この必修というのが、自分にとっては都合が良くて。自分がどの分野に興味があるのか、食わず嫌いは許されず、あらゆる分野を知る良い機会になった。

実際のところは、生命科学は分野横断が活発で、物理学や化学、工学的な要素も常に同居していて、もはや「分野」という垣根を意識するべきではないと感じた。

ー明確な目的や意識を持って大学を選んだのがわかる。なんか印象に残っている授業とかあった?

数え切れないほどあったよ。例えば、大学生になってまさか自然の中で、全力で動植物を採集して観察することになるとは思いもしなかった。虫採り少年だった頃の初心に還りました。



本多さんが描いたスケッチの一部

ーすごい詳細に描かれてる!しかも枚数がスゴい…。

実習室から出て、キャンパスを散策するだけでも、無数の見たこともない生物と出会う。その形態や採集地から、図鑑をもとに彼らが何者か調べ上げる。よく観察すると、1つ1つの精密なパーツで構成されていたり、無駄のない構造と機能を備えたその美しさに目を奪われる。

生物の形態や行動を観察すればするほど、いかに生物が複雑で、ときにシンプルで、巧妙にデザインされているか驚かされる。

ーこのスケッチを見たり、実験の話を聞いたりしてると動物って本当に面白いと思えてきた。

生物の行動を観察していると、しばしば「何を考えているのだろう?」と不思議に思う。そんな時、言葉が通じないからこそ、実験は通訳となって、彼らの考えていることを理解する手助けをしてくれる。

これまでに、ゾウムシ、ショウジョウバエ、マウスといった生物を扱ってきたけれど、その都度、その生物に適した行動実験を選択したり、あるいは自分で構築していくことがとても楽しくて。

子どもの頃から好奇心旺盛


ー生物や実験がとても好きなのが伝わってきたけど、いつから科学に興味を持ってたの?

昔から科学実験みたいなのは好きだった。今思うと変だけど、小学校の低学年の頃は、トカゲの尻尾を切って、スポーツ飲料に浸けてみたりしてた。しばらく保存できるんじゃないかと思って…。夏場に常温で保管してたら、まぁ腐るよね。

その経験から学んだのか、昔に流行ったカブトエビ飼育キットみたいなのあったよね?あれで大きく育ったけれど、死んじゃったカブトエビがいて。彼は未だに実家の冷凍庫にこっそり冷凍保存されている(笑)

たわいもない話だけど、ロウソクを上履きの裏に塗ったら、廊下を高速移動できるのではないかと考えたのよ。それで、実際にスイスイ移動できたんだけど、その日、自分のクラスの前の廊下で転ぶ人が多発して。先生にこっぴどく怒られたね(笑)そのあと反省して、すぐに雑巾掛けしました。

ー好奇心のままに自由に成長してきてるな。真面目な話はないの?(笑)

もう少し真面目なところだと、小学生から中学生まで、毎年必ず夏休みの自由研究をしてた。その成果を長崎市の科学館で展示してもらえて嬉しかったね。毎年違うテーマを選ぶことで、毎年「そーなんだ!」と思えることに出会えて楽しかった。

ある時は、近くの森の様々な種類の木を3時間おきにチェックして、どんな昆虫が集まるのか、違いがあるか調べた。クヌギの木は大人気。森のレストランだったね。真夜中に森に入った時は好奇心より恐怖心が勝ってたけど(笑)

あとは家庭にある身近なものを活用して、望遠鏡つくって星を観察したり、台所の洗剤を使って、ブロッコリーからDNAを抽出したりしたね。

小学生時代の本多さん

異国の地、ウィーンで学ぶ


ー学部生のときにウィーンに留学してたよね。どういう経緯で留学したの?

興味のある分野の勉強していると、本や論文で何度も目にするような先生がいると思うのだけど、そういった先生は必ずしも日本にいるとは限らない。

さらに、その研究をするための最先端の技術や洗練されたスキルは、直接その先生の研究室でしか学べないこともある。合わせて、海外の研究環境も見てみたい、という気持ちもあって、漠然と留学したいと考えていた。

そんなとき、海外で研究している先輩が紹介してくださったのが、通称「サマースクール」と呼ばれる留学システムだった。サマースクールは、世界中にある大規模な研究機関や大学が世界中の学部生を対象として、短期間の研究プログラムを提供するといった内容。研究所によって形式は様々だけれど、参加者は研究室に所属し特定のテーマに取り組み、講義を受け、最終的にシンポジウムでの発表などを行う。最先端を行く研究者の元で学べる上、経済的なサポートが充実している点からも、世界中で大変人気のあるプログラムだった。

ープログラムに参加するのに選考とかあったんだよね?もちろん英語で。

そうだね。英語で自分の興味や志願理由を示すのは難しかった。だけど熱意が伝わったようで「君の話はLovelyだ!」ってメールが返ってきた(笑)

英語に関しては、外国人の同じプログラムの友人や研究者と関わる中で少しずつ身につけていった感じかな。もちろん今でもまだまだ修行中です。

研究所で感じたのは、多国籍環境だからこそ、それぞれの国のなまりがあって、それは個性として当然ということ。科学の場において、完璧な発音のネイティブ英語を話すことは必ずしも重要ではなくて、1番大事なのは研究内容だと学んだ。面白い研究に取り組んでいたら、みんなが必死になって聴こうとする様子が印象的だった。

ー上手く話せたほうがいいけど、なにをやってるのかが大事と。留学中の生活はどうだった?

オーストリアは公用語がドイツ語だったのもあり、何をするにも大変だったよ。

ただ、良かったのは、研究室の方はもちろん、ルームメイトを始め、世界中から集まった同じプログラムの同級生がとても良い人たちだった。

みんな違う国から来ているのだけど、科学が好きという点では同じ志をもっていて、すぐに仲良くなった。サイエンスには「国境」がないことを強く感じた瞬間だった。

彼らとは今でも交流があって、日本に来た時は案内するし、海外の学会で再会することもある。それぞれの道に邁進していて、今でも多くのことを学ばせてもらってます。また、留学で学んだ最先端の技術は、後の研究に 大いに活用することができました。

サマースクールで出会った仲間たちと

生きた昆虫に人工的な記憶を植え付けることに成功


ー発表した論文がNature Asiaで「注目の論文」に選ばれていたね。生きた昆虫に記憶を形成したっていう内容だったけど、こっちの実験についても背景から話を聞かせてくれる?

学習・記憶は、ヒトを含めたあらゆる動物において生存に欠かせない機能の1つ。

動物は「記憶」によって外界からの情報を蓄積し、後の行動に役立ているね。情報を記憶する過程が「学習」であり、過去の記憶と照合して正しい行動を選択することは、脳の最も重要な機能の1つと言える。

「パブロフの犬」って知ってる?

ー犬に音を鳴らしながらエサを与えるってことを続けると、そのうち音だけで犬がヨダレをたらすようになるってやつだよね?

そうだね。学習・記憶の重要な性質として、異なる情報を関連づける「連合性」が挙げられる。いま説明してくれた「パブロフの犬」では、音とエサ(報酬)という刺激を連合することで犬は音を聴くだけでエサがもらえることを予測しているよね。

連合学習は動物界で広く見られる行動だけど、実はどのような神経回路にもとづいて織り成されているか詳細には分かっていなかった。

そこで、シンプルな脳構造をもつショウジョウバエの幼虫を用いることで、連合学習行動を支える神経回路の同定に挑んだ。

ーほぅ。ハエみたいな小さい動物も学習できるんだね。

そうだね。実はショウジョウバエは約10万個の神経細胞から構成される立派な脳をもっている。学習・記憶は、種を超えて保存されている行動である点からも、その重要性が明らかだね。

ショウジョウバエの幼虫の場合、パブロフの犬で言うところの音刺激の代わりに、特定の匂い刺激を呈示して、報酬刺激ではスクロース(ショ糖)を用いる。

両方の刺激を呈示することで匂いと報酬を連合して覚えることができるんだよ。連合学習が成立すると、条件付けに用いた匂い物質の方に有意に寄っていくことが知られている。

ー小さいけど脳の機能はパワフルなんだね。

そうだね。ただ、この行動を産み出すために機能している脳内の神経回路は詳しく分かっていなかった。

この図(下図)を見てほしいんだけど、匂い情報を伝える嗅覚受容体ニューロンは、記憶の中枢であるキノコ体という場所へ投射している。一方、ショ糖のような報酬刺激はオクトパミン神経を介して伝わり、キノコ体で匂い情報と統合されて、連合記憶が形成されているのではないか、と仮説を立てた。

ショウジョウバエの連合記憶の神経回路と仮説

この仮説を検証するため、すなわち、この神経回路が、生きた個体で学習が成立するときに実際に機能しているのか、実験的に証明できるか取り組んだ。

つまり、匂いを伝えている嗅覚受容体ニューロンと、報酬を伝えているオクトパミン神経の両方を同時に活性化したら、連合記憶が形成されて、学習行動に変化が生じるのか確かめようとした。

ーなるほど。理論は分かったけど、実際に動いている動物の脳内の神経回路の活動をどうやって操作するの?

それが1番大事なところ。理論を証明できる方法が存在するかどうか。もしその方法が存在しなければ、これまでの偉大な研究者たちの論文から学び、それを礎(いしづえ)にして実現できるかどうか試してみる必要がある。

今回の研究では、2つの独立した神経回路の活動をそれぞれ操作するために、2つの最先端の技術を組み合わせることで、それを実現した。

1つ目は光遺伝学(オプトジェネティクス)という方法。青い光を受けて細胞を活性化させる機能をもつタンパク質を、遺伝子組み換えにより特定の嗅覚受容体ニューロンに発現させた。この幼虫は、青色光を照射すると何か特定の匂いを感受している状態になる。(図1左下)

2つ目は熱遺伝学(サーモジェネティクス)という方法。これは、高温条件になると細胞を活性化させる機能をもつタンパク質を、遺伝子組み換えによりオクトパミン神経細胞に発現させた。この幼虫は、熱刺激を与えるとまるで報酬を受けている状態になる。(図1右下)


図1:光遺伝学と熱遺伝学を用いて人工的な連合記憶を植え付ける

このようにして匂い刺激は光刺激、報酬刺激は熱刺激で反応するよう、それぞれ置き換えられた遺伝子組み換えショウジョウバエを作製した。このショウジョウバエを用いて、光と熱を同時に与えることによって、匂いと報酬を伝える2つの異なる回路を同時に活性化させることに成功した。


ーおぉ!最新の技術を組み合わせることで、今まで分かってなかった仮説の検証ができたんだ。

そうだね。作製したショウジョウバエは、光と熱の両方を同時に経験させた場合のみ、青と赤のテストプレートに移すと、有意に青色光に寄る行動を示した。(図2)つまり、光と熱の同時刺激により、匂いと報酬を伝える両回路が活性化、人工的に連合記憶が形成され、学習が成立した。

図2:人工記憶の形成により、青側に行く幼虫が増えた

このようにして、たった2つの異なるニューロン群の活性化が連合学習の成立に十分であることを世界に先駆けて実験的に示すことができた。連合学習を支える最小クラスの神経回路とも言えるね。

ー面白い!連合学習が成立するときに、生きた昆虫で機能している神経回路は意外にシンプルだったってことか。

生物の行動の謎を解き明かしたい


ー記憶の研究は学部の卒業研究として取り組んできたんだよね。大学院に進学するときに何か悩んだりした? 進行形で大学院に進むかどうか悩んでいる学生も多いと思うから、参考になるかと思って。

そうだね。高校や大学での経験から、自分なりの興味の方向性が見えてきて。「動物の複雑な行動が、どういった遺伝子や神経回路によって織り成されているのか」という大きな枠でのリサーチクエッションに挑みたいと考えるようになった。

ーなるほど。確かにゾウムシの集合性やハエの記憶は、その軸の中にあるね。その延長線上として、大学院でテーマを変えたり、研究環境を変えようと思ったりした?もしそうだったら、そのとき考えてた具体的な選択肢も聞きたいんだけど。

どういったテーマに取り組みたいかを最優先に考えて、進学先をいくつか考えてたね。

例えば、とても光栄で嬉しいことだけど、留学していたウィーン大学の先生や、ドイツのマックス・プランク研究所の先生などから、お声をかけていただいていて、海外の大学院に行くことをかなり真剣に検討していた。

あるいは、別の選択肢として、東京大学の医科学研究所でサルを用いた研究に取り組んでみたいとも考えていて、院試を受けた。合格通知をいただいた後も、期限ぎりぎりまで考えていた。

いづれの選択肢も、凄く面白いテーマに取り組めそうで、多くのことを学べる素晴らしい研究環境であると感じていたからこそ、とても悩んだ。

ー難しい判断だろうね。結果として筑波大の国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)で睡眠の研究をしているよね。今の大学院やテーマを決めた理由はなんだったの?

謎に満ちていて、ヒトを含めたあらゆる生物に広く見られる「行動」に取り組んでみたかった。その1つとして『睡眠』がある。

ヒトは人生の約1/3の時間を「睡眠」に時間を費やしているわけだよね。他の生物を見渡してみても、例えば、キリンは天敵から直ぐに逃れられるよう立ったまま睡眠をとる。イルカは、脳の半分が交互に睡眠状態になる「半球睡眠」というスタイルをとる。ハエを含めた昆虫類においても、1日の中で活動性や外部刺激に対する反応性が著しく低下する、睡眠に類似した行動が観察される。

1日の中で、活動性が著しく落ちたり、意識を失う時間があるというのは、厳しい自然界において極めてリスクの高い行動だよね。それにも関わらず、あらゆる生物が睡眠という行動を避けて通れないのは「睡眠には補って余りあるだけの生物学的意義がある」ということ。

それにも関わらず、なぜ生物に睡眠が必要なのか、睡眠/覚醒を調節する根本的な原理、そもそも「眠気」とは一体何なのか?といった問いには、まだ現代の神経科学においても完全には解き明かされていない。

睡眠/覚醒のメカニズムを理解し、その制御方法を明らかにすることは、学術的にも社会的にも大きな意義がある。

こう言った話も含めて、進学先に悩んだ時に、今の指導教官の先生から熱意に満ちた面白い話が聞けたのが、とても大きいかな。大学院での時間を使って、ほんの少しでもこの謎解きに自分も貢献できたら、と考えて進学することにしました。


国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)

ー今の大学院のプログラムはどんな感じですか?

大学院では、筑波大学のヒューマンバイオロジー学位プログラム(「文部科学省博士課程教育リーディングプログラム」事業の1つ)に現在所属していて、このプログラムを通じて、海外の大学や研究所で学んだり、研究成果を国際学会で発信する機会も増えた。

同級生の半数も外国人だったり、授業も全て英語なので、国際的な環境に身を置いて修学できるのは素晴らしいです。他にも、その国や環境のニーズに合った技術によって問題を解決する「適正技術教育」をはじめ、卒業後もあらゆる環境で活用できる様々なスキル(Transferable Skill)を身に付ける良い機会になると思うので、ぜひ興味があれば、参考にしていただければと思います。

あとは、研究を遂行するにあたり「日本学術振興会 特別研究員制度」に研究課題が採択されれば、独自に研究費をいただいて、研究に取り組むことができます。大学院生にとってはとても有難い制度だと思うので、指導教官の先生や研究員の方にもご指導いただきながら、ぜひ申請することをお勧めします。

※博士課程教育リーディングプログラム…優秀な学生を俯瞰力と独創力を備えた、グローバルに活躍するリーダーへと導くため、国内外の第一級の教員・学生を結集し、産・学・官の参画を得つつ、専門分野の枠を超えて博士課程前期・後期一貫した世界に通用する質の保証された学位プログラムを構築・展開する大学院教育の抜本的改革を支援する事業。   参考:文部科学省 博士課程リーディングプログラム

ー進路を考えている学生にとって、かなり参考になりそう。面白い制度がたくさんあるんだね。いま取り組んでいる研究についても聞きたかったけど、予想以上に盛り上がって、もう「睡眠」をとったほうがいい時間になったな…。睡眠の研究については、また近いうちに聞かせてください!

こちらもぜひ、お話したいのだけど現在進行形で取り組んでいるだけに、まだ発表していない内容ばかりなので、またいつか話せたらいいな。

ーよろしくお願いします!今回、研究内容や進路選択について話を聞かせていただきましたが、高校生や大学生になにか伝えたいことはありますか?

自分も学生として日々学んでいる立場なので、大変恐縮ですが、少しでも参考になれば…。

進路に悩んだときに、先生方や友人にアドバイスやご指導をいただくことがあると思います。そういった時も含めて、常に周りに支えてくれている方がいることに「感謝」の気持ちをもつことが1番大事だと思います。

その上で、様々な人との出会いの中で刺激を受けて、学ばせていただいて、自分なりに納得のいく選択を下していくことが大切かな、と思います。選択が良かったかどうかは自分が決めることで、誰かの価値判断で決まるものではないと思います。だからこそ選択の結果については、辛いことや失敗も経験しても、将来楽しく語ることのできる自分なりの物語になっていれば良いのではないでしょうか。

「分野」「国境」「年齢」といった垣根にとらわれず、常に学ぶ姿勢を持ち続けること大事かと思います。



FINDERS あとがき


インタビュー本文では割愛していますが、本多さんたち長崎西高の生物部が中心に取り組んでいた研究成果は、文部科学省認定の高等学校「生物」(東京書籍)の教科書に掲載されています。(「ヒト乾型耳垢型遺伝子の全国地図作製に関する研究」)

このように、高校生からでも挑戦できること、思わぬ発見に出会えることが、科学の面白さの1つだと感じました。

今回の記事で紹介されたプログラムなどの多くは、やる気や意欲があれが誰もが参加できるものばかりでした。日常で感じる、何気ない「面白い」を大切にすることで未来がもっと楽しくなるかもしれませんね。

[取材・記事:筒井 誠]
[撮影:田川 昭太]

関連HP
・「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」 科学技術振興機構(JST)
・「理数学生応援プロジェクト」 文部科学省
・「開かれた大学による先導的研究者資質形成プログラム(先導的研究者体験プログラム)」 筑波大学
・「博士課程教育リーディングプログラム」 文部科学省
・「ヒューマンバイオロジー学位プログラム」 筑波大学
・「日本学術振興会 特別研究員制度」 日本学術振興会

Next FINDERS … ???
このエントリーをはてなブックマークに追加